マリッジリングの重要な内容
情報デザインは、物事の背後にある見えない関係を発見し、それを組み換えることなのである。
第一章で見たように、情報は「かたまり」として存在する。
まずはその「かたまり」同士の関係を整理していくことが、情報のデザインの出発点である。
そして、整理された情報の「かたまり」を、誰の目にもわかりやすい「かたち」にして表わすという点で、さまざまなデザインの具体的な方法があり、さらに人と情報をあつかう道具との関係を仲立ちするインターフェイスのデザインもまた重要であると述べた。
また、人が世界とかかわる際の知覚のあり方をベースにしたデザインや、世界にあふれる(なかなか気づくことのできない)情報の豊かさに気づかせてくれるセンスウェアのデザインもこれからの大きなテーマである。
このように、人間と情報にまつわるいろいろな関係性に光を当てることが、情報デザインの本質であり、デザインという人間の基本的な営みのベースにあるものなのだ。
そして、これらの関係の発見-組み換えという行為は、インターネットという物理的な実体をもたない、見えない空間が急激に広がり、私たちの生活や仕事と切り離せない環境となってきたことによって、一挙に顕在化してきた、といっていいだろう。
インターネットの上に展開される新しいコミュニケーションの回路が、いままでは疑いもしなかった社会のいろいろな関係性を崩し、そこに新しい関係を築こうとしている。
たとえば、企業と消費者の関係、国家と個人の関係、教師と生徒の関係、商品やサービスとそれを受け取る人間の関係これらの関係は、まさに情報とコミュニケーションをキー・ファクターにして大きく組み換わろうとしているのだ。
私たちは「ユーザー」ではない社会を膨大な関係怪の束のように見ていくと、「関係性のデザイン」としての情報デザインは、単にメディアの中身をつくり込むだけではなく、実にさまざまな分野に適用されていくべきものだということがわかるだろう。
そんな諸々の関係性のなかでも、情報のデザインにおいてはデザインの使い手=「ユーザー」という立場が大きく変容しつつあることに、ここでは注目してみたい。
デザインという営みにはこれまで、それを作り出し、社会に向けて送り出す側がいて、それを受け取り使う側がいた。
前者はデザイナーという少数の専門家であり、後者はそれ以外の大多数のユーザーである。
デザインは、一九世紀以降の産業社会の発展とともに歩んできたわけだから、この作り手と使い手という図式は産業社会における商品やサービスをめぐる構造(企業と消費者)とほぼ重なってきたともいえる。
こうした図式のなかで、デザインする側とそれを使う側は厳然としてわかれており、その間には大きな隔たりがあった。
従来のデザインでは、作り手であるデザイナーの「作家性」や「天才的な独創」をよりどころとする傾向が強かった。
一方のユーザーと位置づけられた人々はデザインされた商品やサービスを、一方的に受け取り、使うだけの存在にすぎなかった。
もちろん、デザイナーの側はユーザーがどんなモノを望んでいるのかをある程度想定しながらモノづくりを行うわけだが、それはあくまでも、デザインされる商品やサービスの側から見たユーザー像にすぎず、全人格的な存在として人間をとらえる視点はほとんどなかったといっていい。
しかし、私たちはふだん自分を「ユーザー」と意識しているだろうか~確かに、何かの道具、たとえばパーソナルコンピュータや包丁や自転車を使うかぎりにおいては、私たちはその道具のユーザーであるとはいえる。
だが、パソコンを使うのは原稿を書いたりメールを読み書きしたりするためであり、包丁は料理をするために、自転車はどこかに出掛けるために使っているだけで、私たちは自分を道具のユーザーであると自覚することはほとんどない。
私たちにとっては、それぞれの「目的」や「経験」こそが重要なのであって、デザインされた道具はあくまでも「手段」である。
しかも、情報メディアやコミュニケーションにかぎっていえば、私たちはユーザーとして与えられた道具や情報をただ漫然と使うだけの受動的な存在ではない。
私たちは誰かとコミュニケーションする際に、自ら積極的に情報をデザインし、それを相手と交換したり共有しようとする。
また、何かのメディアから受け取った情報も、自分なりに編集して、日々の生活や仕事に役立てようとする。
情報デザインにおいては、作り手と使い手という従来のデザインにあった隔たりは存在しない。
誰もが作り手(生産者)であり、使い手(消費者)でもあるという状況がある。
さらに、現在のようにデジタル技術が多くの人々の手に渡るようになると、いままでデザインの使い手だった人々が作り手の立場に積極的に参画することも可能になってくる。
第四章で取り上げたような、レゴの発想に近いデザインの道具がこれから登場してくると、それらの道具は私たちがユーザーではなく自らデザインする立場に転換していくことを助けていくだろう。
そもそも、個人の創造やコミュニケーションを支援する道具として、パーソナルコンピュータやインターネットがこれだけ世の中に普及してきたということ自体、情報のデザインにおける「脱ユーザー化」が進んできたことの何よりの証左ではないかと思結局のところ、情報を基軸にして考えると、デザインにおける作り手と使い手の区分はほとんど意味をなさないのである。
もちろん、デザイナーによる天才的な独創を全否定するつもりはない。
しかし、デザインが使われる対象となるユーザーを前提としている以上、情報をベースに展開される近未来のデザインは、デザイナーを唯一の担い手としてではなく、多様な職能やセンスを持った人々の「コミュニティ(共同体)」を担い手として立ち上がっていくべきだろう。
当然、そこにはいままで経済の末端で商品やサービスを受け取るだけだった消費者あるいはユーザーと呼ばれた人々も巻き込まれていくことになる。
コミュニティを基盤とした協働のデザインデザイナーやクライアント、ユーザー、エンジニアなどといった区分・境界を超えて、デザインをめぐる「コミュニティ」が形成され、さまざまな人々が互いの知恵や経験をもちより、相互理解と共感をもとにモノづくりが行われる-こうした協同的なデザインは、あちこちにその萌芽を見つけることができる。
たとえば、ここ数年コンピュータのOS(基本ソフト)として急速に支持を集めてきたLinu8(リナックス)。
一人のフィンランド人の青年が原型をつくり、インターネットを通して公開されたソースコードが、世界中の人々の手で改良されていきながら、結果として高性能、しかも無償で配布自由なソフトウェアが実現した。
誰か特定の人間による独創や、閉じた狭い組織のなかでリソース(資源)を囲い込んでなされるデザインではなく、多くの人が寄ってたかって、あたかもバザール(市場)のように-かかわりながら、優れたモノが作り出されていったというLinu8に代表される「オープンソース・ソフトウェア」の方法論は、ソフトウェアの世界ばかりでなく、コンテンツやプロダクトなどさまざまなプロジェクト・デザインに転用され、真価が問われようとしている。
実際、日本でもオープンソース精神を体現したいくつものプロジェクトがネット上に生まれては消えていったりした。
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